2010年5月4日火曜日

フランス・ノルマンディーをドライブ ④ 上陸作戦跡”D-DAY Beach”









↑アロマンシュのD-
DAY博物館

今回旅した、フランス北部の海岸部、ノルマンディー地方からベルギー国境近くのピカルディー地方にかけては、砂浜と岩場が交互に続く優しい色をした青い海岸線と、豊かな緑が、本当に美しい場所です。

しかし、同時に第一次大戦、第二次大戦では、ヨーロッパにおける激戦地の一つでもあり、その生々しい負の歴史を強く感じさせられる地域でもあります。
ピカルディー地方は昨年の11月のブログでも触れたとおり、第一次大戦時、西部戦線の一部でしたが、
ノルマンディーは第二次大戦時、ナチス・ドイツに占領されたフランスの解放を目指して、連合各国が上陸作戦を実行した所でした。
映画「プライベート・ライアン」でも描かれた、ノルマンディー上陸作戦の舞台・・・。それが”D-DAYビーチ(D-DAY Beach)”と言われる海岸です。"D-DAY"とは上陸作戦実行日のことで、1944年6月6日を意味しています。

実はこのD-DAYビーチ、特別一カ所を指すわけではなく、コタンタン半島の付け根辺りのユタ・ビーチから西へスォード・ビーチまでの100キロ近く続く海岸線全体を指しています。
ユタ・ビーチ、オマハ・ビーチ=アメリカ
ゴールド・ビーチ、スォード・ビーチ=イギリス 
ジュノー・ビーチ=カナダ
など、ビーチによって各国の上陸作戦が展開されました。

激戦地が広範囲に渡っていることから、ノルマンディーでは行く先々の町に、この手の記念館があり、広場や入り口、レストラン等には、フランス国旗以外に、フランス解放に関わった国々(米・英・加・ノルウェー・ベルギーなど)の国旗が掲げられているのが印象的でした。自国愛が強く、アメリカ嫌いが多いと言われるフランスで、これほど他国の国旗、特に星条旗を見ると思いませんでした。

我が家はそれらのD-DAYビーチの中で、米兵卒の死傷率の高さから、「ブラッディ・オマハ」と言われた”オマハ・ビーチ”(下写真左上)、
このノルマンディー上陸作戦を物資の面から支えるためにイギリス軍が沖に人口港を作った”アロマンシュ”(下写真右上)、
D-DAY前日にドイツ軍を撹乱し、戦路を確保しておくためにイギリスが空軍のパラシュート部隊を使って制圧した”ペガサス・ブリッジ”(下写真左下・右下 現在かかっている橋は複製。実物は右下のように博物館に展示されいている。)に行ってきました。


















ここには、同じ”戦争”と言っても、バイユーで見た中世のタペストリーのような、ある種ロマンンティックに感じられるものは何もありません。
コンクリートの固まりがあちこちに生々しく残り、高台のトーチカ跡が海を見下ろす、まさに戦争の残骸。。。








でも同時に、そこは不思議なぐらいとても静かで穏やかなのです。ビーチでは何事もなかったかのように人々はくつろぎ、ウィンドサーフィンを楽しんだり、砂浜を歩いています。
風は少し冷たくも気持ち良く、ひばりのさえずりと波の音が静けさを際立たせます。とてもその昔、多くの血が流された場所だとはにわかに信じがたい景色が広がっていました。

日本で第二次大戦といえば、太平洋戦争のイメージが強いからか、D-DAYビーチのことはガイドブックにも詳しいことがほとんど載っていませんが、ヨーロッパではとてもメジャーな場所のようで、こちらで買ったイギリスのガイドブックには、訪れるべきノルマンディーの名所の第8位に挙がっており、実際、多くの人達が各国から訪れていました。社会見学の子供達も多数。
あちこちの石碑には赤いポピーの花輪が供えられ、入ったレストランでもポピーをあしらったカップが。兵士達が流した血の象徴は、イギリスだけでなく欧米共通なのがわかりました。


















驚いたのは、どこの博物館や町のショップにも、資料本やDVDの他に、各国の軍隊グッズや国旗などをあしらった商品がいっぱいだったこと。日本ではここまでおおっぴらに売られている場所は多くありません。これらを見て「”戦争そのものに対する罪の意識”はないのか?」とつい感じてしまうのは、敗戦国・日本人の悪い癖なのか。これらは、祖国を守ろうとする”愛国心”グッズであって、”ナショナリズム”を煽るものとは違うということか。
日本とは微妙に違う環境や意識を感じざるを得ません。











フランス北部には、D-DAYビーチ以外にも、先の大戦を省みる場所はたくさんあります。
第二次大戦で徹底的に破壊された中から復興した町は多く、町そのものが世界遺産になっているル・アーブル(Le Havre)は、当時新しい技術だったコンクリートを使って新しく再生された港ですし(写真の白い建物は、なんと映画館!)、
D-DAYビーチからもほど近い、バイユーのタペストリーの主人公、ウィリアム征服王の町・カン(Caen 写真下左)や、ポーツマスから夜行フェリーで着いたフランス最初の港町、サン・マロ(St-Malo 写真下右 ここはブルターニュ地方になります。)も戦後の瓦礫の中から昔の町並み通りに再生された町です。








この平穏な静けさと、美しい町並みが、二度と損なわれることのないように、と願うばかりです。

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